おばさんの思い出日記

太ったおじさんみたいなおばさんです。

15歳の珈琲焙煎士に思うこと

 について、思ったことをつらつらと書いてみます。メンタル弱いので怖いコメントはしないでね。

 ブコメやブログで、たまに書いているのですが、私は自家焙煎珈琲店に勤めていたことがあります。何年くらいかというと、19歳くらいから30代中盤くらいまで、発達障害や精神病の関係で辞めたり戻ったり、フルだったりパートだったりしてたんで良く覚えてないんです。ですが、働いていない時にもお客さんとして、友達として話をしていたので、経営状態とかもまあまあ知っています。

 さらに、当時はまだスペシャリティコーヒー協会が権威を持つ前で、自家焙煎珈琲店はどの「先生」に師事したかで流派が決まる、茶道や華道のような感じでした。そして、同じ「先生」を師とあおぐ、同じ流派の自家焙煎珈琲店は交流があって経営の悩みなどを相談し合ったりしていました。流派の違う自家焙煎珈琲店でも同じ都道府県にある場合は、互いに行き来してやはり経営について話し合ったりしていました。

 この少年がご両親の支援を受けて、アスペルガーならではの才能を活かしコーヒーで居場所を確立できる、「生きている価値」を感じることができるというのは素晴らしいことだと思います。ですが、上記のような自家焙煎珈琲店の経営者の悩みを長年にわたって聞いてきた私としては、このブームが去ってしまった時、彼はどうするんだろう?と考えてしまいました。

 

親類縁者に経済力があるであろう話

 実際の話、私が知っている自家焙煎珈琲店のオーナーは少なくても「土地」は所有していることが多いです。持ちビルや、自宅の一部を焙煎所やカフェにしている場合もあれば、その商売の建物や内装のために数百万から数千万のローンを組む場合もあります。ただ、自家焙煎珈琲店単体で銀行がお金を貸してくれるくらいの実績を作るのは並大抵のことではありません。また、借金をするにも担保になるものが必要ですから、「借金ができる」ということは、担保にできる土地があると考えてもよさそうです。

 まれに賃貸で経営している人もいますが、10年以上経営を続けているような小さなお店は、50代くらいの経営者でも70代、80代の親、または配偶者の親などからお金を融通してもらっていることも少なくありません。これは自家焙煎珈琲店に限った話ではなく、「なんでこの店続いてるんだろ?」というようなお店は、商売以外のどこかからお金が補填されているケースが多いです。

 

飲食店の初期投資

「1kが2万円で借りられる地域で、焙煎機等も初期投資100万程度なのに、なんで実家が太いみたいな話になるのやら。はてブは貧しい人多いよね。/八王子で焙煎やってる知り合いいるけど生活は普通に貧しいが成り立ってるよ」

 

というコメントがありましたが、焙煎機の初期投資は10キロの中古焙煎機で300万円が相場と言われています。この方のブコメのように初期投資100万円の焙煎機となると、1キロの中古焙煎機でしょうね。上記の記事の一枚目の写真を見ると、10キロの焙煎機ではないのが分かります。何キロの焙煎機なのかは分かりませんが、ただ、写真で見る限り、焙煎機が2台あるように見えます。もしかした写ってないところにもう一台あったりして…と妄想してみたりして。この時点で焙煎機への初期投資だけでも100万円ということはあり得ませんね。

 あと、飲食で普通に賃貸で商売を始めようと思ったら、家賃、グラスお酒を用意するだけですむ居抜きのスナックやバーでも家賃(敷金・礼金・仲介料含む)や雑費も含めて初期投資に200万円くらいは用意していました。地方都市に住んでいた時、飲み友達の何人かがこのくらいの金額でバーを始めました。(ほとんど閉店しましたが。)

 私の友人知人で、それだけで食べていく飲食業をやっている人から聞いた飲食店の内装にかかる費用は以下の通りです。内装を友人知人総出で手伝ってもらって人件費を最低限に抑え、廃材を使った内装で500万円程度。落ち着いたシックな内装を業者に丸っと頼んだ人で2000万円ほどかかっていました。

 気軽に数百万から数千万で、お店を始めて5年から10年以内に店をつぶす人の多いことといったら、もう。自宅を抵当に入れて借金をして潰した人なんて、目も当てられませんね。

 15歳でなくても商売を始めようと思ったら、これくらいはお金がかかるので、15歳の少年が「実家の経済力」という要素なしに商売を始めることは不可能なのは確かでしょうね。この数百万~数千万のお金を「大した額じゃない。」と思うような感覚だとしたら、まあ違うんでしょうけど…

 

 自家焙煎珈琲店の経営実態

「金持ちの道楽的なコメがあるが、月400kgの豆を200g1780円で売るってことは乾燥による重量減2割として1780*(400*5)*0.8=2,848,000 原価・光熱費で半分としても月140万円の利益ってことでは。。 」

 

 このコメントは原価、光熱費のみ言及していますが、家賃・人件費・税金・税理士への手数料などの大きな出費が色々抜け落ちていますね。顧問税理士をつけると年間で数十万ですし、自家焙煎珈琲店は焙煎以外に注文に合わせて豆を挽いたり、袋詰めをしたり、ネット販売ということなら伝票も作らなければなりません。配送伝票、請求書、領収書、払込票などなどです。

 一か月に400キロの豆を、月に25日間で焙煎したとして一日に焙煎する量は16キロ。10キロの焙煎機なら余裕ですが、どうもそうでもなさそうなので、経理・雑務にもう一人二人は必要な気がします。ご家族など近しい人が手伝っていて給料を支払わなくてよいのなら人件費が大幅に削減されているでしょう。自家焙煎珈琲店単体で生計を立てている友人は常々「一番お金がかかるのは人件費。」と言っているので、ここを節約できると多少は有利ですね。

 この方はネットストアに出店という形なので、そちらのシステムをご利用でしょうから、配送伝票なども手書きではなくプリンターでプリントアウトしているでしょう。ですから、挽きと袋詰め以外の作業にさほど手間はかかっていないかもしれません。ですが、このネットストアに出店料、システム利用料は支払っているでしょうから、その費用も計算に入れたほうがよさそうです。

 また、珈琲豆は仕入れもなかなか難しくて、小規模だと国内の貿易販売会社から仕入れるのですが結構高いんですよね。安く買おうと思ったら、一種類の珈琲豆の最低取引単位が70キロとかだったりします。

 なので、逆に、一種類の豆を大量に仕入れて、一か月に一種類の豆しか売らないというのは非常に効率が良いですね。しかもそれが200gで1800円近くで売れるのなら、なおさらです。ですが、普通の自家焙煎珈琲店なら飽きられてしまう可能性も高いです。

 直接買い付けや、海外の農園と直接契約するのが一番安く仕入れができる方法ですが、ある程度の規模のところしかできないのが現実でしょうね。この15歳の少年はどういうルートかしら?

 

仕事内容は割と一般的な珈琲焙煎

 「焙煎の具合はその日の天気や温度、湿度に合わせて変わる。」と書いてありますが、これは自家焙煎珈琲店では割と当たり前にやっていることですね。ですから何も特別なことではありません。

 

  • 「酸味が消えて苦味が出始める瞬間の『交じり合う一点』」
  • おいしく焙煎できた豆で入れたコーヒーは、紅茶に近い赤みがあるんですよ。
  • その「7.0」のポイントに「やっと近付けるようになった気がする」

など、文章の中にちりばめられている言葉から読み取ると、彼の好みの焙煎度合いは「シティロースト」と呼ばれる焙煎度合いだと推測されます。

 

「7.0」というポイントがある、とも書かれているので、ほぼシティローストかと。というのも、珈琲の焙煎の度合いは大まかに8種類で表現されていて、実際にはグラデーションなので、きっちり8種類というわけではないのですが、以下のサイトで紹介されているように、8種類の色目の目安があります。

 

 珈琲店によっては、この焙煎度合いを

  • イタリアンロースト 10
  • フレンチロースト 9
  • フルシティロースト 8
  • シティロースト 7
  • ハイロースト 6
  • ミディアムロースト 5

というように、数値化して表現することがあり、彼の言うところの「7.0」というポイントはシティローストのグラデーションの「7.0」の値のことだと思うんです。

 

 ですけど、一般的な自家焙煎珈琲店の焙煎士は、イタリアンは10、シティは7、ミディアムは5というふうに、複数のポイントで確実に煎り止めして焙煎できるんですよね。ですから、一般的な焙煎士と比較すると、彼は「7.0」前後の焙煎にしか成功していないとも読み取れます。あるいはアスペルガーの特性である「こだわり」から、「7.0」のポイントにしか興味、関心を持たないのかもしれません。

 彼の発言の中に「深煎りにしてしまうと、どうしても焦げた感じになってしまって。」というものがあり、これは、彼がまだ、深煎りの焙煎がうまくできないことを告白していると言っていいでしょう。

 一種類の豆で一種類の焙煎度合いで販売をするということは、パン屋さんに例えると、焼き加減と素材にこだわったメロンパン(1個500円)一品で勝負というくらいニッチな戦略です。

 

ブームとして消費されるのではないか?

 私は彼の記事に対して

「この人はアスペルガーだから自分のこだわりの味を追求したいんだろうけど、珈琲の焙煎度合いって好き嫌いや人気・不人気があるから、商売として焙煎するなら20種類くらい用意したいところ。それでも経営は苦しいけど」

コメントを書きました。

 今の彼は「アスペルガー+15歳」の要素で、KADOKAWAなどから2冊の本を出したタイミングだからブームが来ていますが、商売を始めて10年以内に店をつぶした人たちを沢山見てきた私としては素直に喜べないのです。これは、子役が子供時代には人気だったけど、ブームが終わり大人になったら、全く売れなくなって大変な思いをするのではないかと感じられるのと同じ感覚です。

  別に私は彼をくさしたいわけではなく、現実問題としてブームが去った後、彼が15歳でなくなった時に、200gの豆が1780円という高値で大量に売れ続けるの?という大きな疑問が残るのです。

 

ブコメに

「客はコーヒーだけでなく物語も買ってるんだろうな」

というコメントありました。私にはこれが一番しっくりきました。

 

 そもそも200gの(一種類の)珈琲豆が1780円で大量に売れるなんていうことは、よほどのブランディングに成功しなければ起こり得ません。つまり、彼の「アスペルガーで15歳である。」というプロモーションが成功しすぎていて怖いのです。

 少なくても彼はいずれ15歳ではなくなります。500円の老舗の味のメロンパン的な売り方が定着し生活が成り立っていくのなら、それに越したことはないでしょう。

 ただ、私がコメントに書いた通り、珈琲の好きな人ほど焙煎度合いの好みがあり、それぞれの好みに応じた焙煎度合いにしたほうが、色々な好みのお客さんが来てくれますし、色んな種類を飲みたいお客さんが通ってくれます。バラエティに富んだ豆をそろえることは、リピーターを増やす有効な手段なのは確かです。

 

商売には妥協も必要? 

「経営を視野に入れると妥協の産物にならざるを得なくなるがそこを精神面でどう乗り切るか。まあ金持ちに金を吐かせることは悪くないので東京の個人喫茶みたいに赤字で趣味としてやり続けるのもいいけど。」

 

 というコメントもありました。珈琲豆の販売だけで生活を成り立たせるのであれば、お客様の好みに合わせて、彼にとっては「妥協」としか思えない焙煎をしなければならない時が来るのかもしれません。来ないのかもしれません。その時に、ご自身や周囲の方々がどう立ち回るかが勝負になってくるのでしょうね。

 彼のご両親に経済力がありそうとはいえ、「お金持ち」と言えるほどの資金力があるかどうかは分かりません。多少の無理をしてでも、愛する我が子の経済的支援をしている可能性もなくはないので、経営は大変かなと思います。実際、ビル持ちで、下はテナントで貸していて、上で自分のカフェを経営している知人でさえも経済的に大変だと言っています。道楽で赤字で経営を続けられるような人は、本当にごくごく一部の特別に資産状況の良い人ですね。

 

アスペルガーをアイデンティティとすること

 これは単純に私の妄想なので、あしからず。

 彼の現在のプロモーションは、アスペルガーの特性である「こだわり」を前面に出して成功しています。もし、将来アスペルガーが定型発達と変わらない生活ができるようになる治療法が確立したとします。彼がその時にアスペルガーであることの生きづらさを解消することを選んで治療をしてしまったら、彼の焙煎する珈琲は「こだわりの強いアスペルガー焙煎士」が焙煎した珈琲という特徴を失ってしまいます。

 逆にアスペルガーとしてのアイデンティティを重視して、「こだわりの強いアスペルガー焙煎士」が焙煎した珈琲ブランドを守り続けることを重視したとします。そうすると、「大多数の定型発達」に対する「少数派の非定型発達」の「生きづらさ」を解消しないという選択をしなければいけなくなりますよね。

  そう考えると、アスペルガーであることをアイデンティティにするのは大変そうだなぁと感じました。

 

もしかして感動ポルノ?

 また、何が言いたいか分かんなくなってきたけど、焙煎なんて訓練すれば誰でも職人になれるのに、なんでアスペルガーなことが、ことさら前面に押し出されたのかという不思議さもあったんですよね。

 身体障害者や精神障害者が、普通のことができるだけで褒めたたえることを「感動ポルノ」と呼ぶみたいですが、これも一種の感動ポルノじゃないの?と感じてしまったんだと思います。

 

才能も経済力もないアスペルガー

「かっこいい 飲んでみたい  天職が見つかって良かったですね。」

のほかに

「実家が太い 親類縁者の経済力」等のコメントもあって

さすがに「金持ちの道楽」は言い過ぎだと思いますが、揶揄するな、嫉妬するなというのも、難しいと思いました。

 「嫉妬している人」には、貧乏人だけではなく、同種の障害を持っていて才能も経済力も持ち合わせない人も含まれているのではなかろうかと。同じアスペルガーで何も才能を見つけられなかった人、実家に経済的余裕のなかった人、あるいはその両方を兼ねそろえた人に、嫉妬するなというのはちょっと酷かなという気がしました。

 同じく、発達障害、精神障害、身体障害などで才能を見つけられなかった人、経済的なバックアップが足りなくて自分が生きづらいと感じている人が、似たような障害を持っているのに、何でこの人だけこんなに恵まれているの?と健常者より強く感じてしまうのも致し方のないことではなかろうかと。

 私だって、自家焙煎珈琲店を経営してみたいと思ったことがあるので、15歳で開業できる彼の親の経済力には嫉妬するもん。私自身が精神病気質でADHDであることを置いておいて、もし健常者だったとしても、その環境や才能に多少なりとも嫉妬しますね。ねたむというほど強い感情ではありませんが、素直にうらやましーなーとは思いますよ。もちろん、素直に「良かったねー」と思える自分もいます。まあ、要するに複雑な気分なわけですよ。

 いい年のおばあちゃんなのに俗世の垢にまみれきってますよ、ええ。それが正直な気持ちです。

 

最後に 

「発達障害系の場合、地位や各種資本(特に文化/社会関係資本)によってQOLや受入れ態度が大きく変わる現実有。それらが乏しい人は「好きな事/没頭/上達」ではなく「人さまの邪魔にならないこと」を目標として押し付けられる」

というコメントも心に響きました。持って生まれた才能がある、親に経済力がある、親に文化資本、さらにそれを継承させることのできる指導力があるなどのさまざまの要素が相まって、子供の将来に影響します。

 必ずしも良い環境に生まれてこなかった人、恵まれた才能を持ち合わせて生まれてこなかった人、それぞれにそれぞれの思いがあり、彼らだってその思いを発したい気持ちがあるでしょう。それが「死への願望」であれ、「嫉妬」であれ、一旦は受け入れて噛み砕いて理解しようと努力することも必要だと思うんです。私自身が嫉妬深い人間だからこそ、なおさらそう思うんです。

 また、言いたいことを言い放つだけの文章になってしまいましたが、自分には才能がないと思っている発達障害の方々の記事を以下に貼っておきますので、よかったら読んでみてください。

 あと、増田に私と似たような感想があったので、それも貼っておきますねー。